2017年05月22日

村田諒太にエディタウンゼントが就いていたら?

結局のところ、人との関係が強くなるには、

応援する(勇気づける)

ってことが欠かせないと思うし
それが、

コミュニティの強さ

にもなってくると思う

と言っても、それは数によるものではなくて、いわゆる

絆の深さ

によるもので、これは、勇気づけの関係からしか生まれない

褒めるにしても、
叱るにしても、

与える人の満足(興味関心)でしかないわけで、もの凄く暴力的に言ってしまえば

相手の事などどうでもいい

ということになる(もちろんそこに悪気はないのだろうけどね)
だから保身なんてものにすがるようにもなるのだろうけどね

だけど、勇気づけ(応援)ってのは、基本的には

共感とか
尊敬とか
信頼とか


そいういうものがベースになってくるから

上下とか
損得とか

そういう二者択一的思考もどうでもよくなる関係になってくる

よく、「叱られる内が華」と言われることがあるけど、言い換えるならこれは

関心を持たれている内が華

ってことでもある

そうなると、人は関心を得ようと、褒められることをし、叱られることはしないといったような行動をするようになり、結果、縛られた生き方しかできなくなってしまうし、自滅してしまうようにもなる

こないだ、村田諒太のボクシングの世界戦があって、いろいろ物議をかもしているけど、ボクシングには、選手以外にも注目すべき素晴らしい人達がいる

トレーナー

と呼ばれる存在って、選手にとっては、共に戦うパートナーのような人でもある

日本人の世界チャンピオンを6人育て、あのガッツ石松や、井岡一翔の叔父である弘樹を育てたことで知られる名トレーナーに

エディ・タウンゼント

エディ.jpeg
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%88

という人がいた
井岡弘樹の現役中に亡くなったのだけど、彼は自分が育てた選手に無関心になることは無かったという

というのも、

誰が彼に一番愛されたボクサーだったのか

という問いに、彼にお世話になった選手全員が口をそろえて

自分だ

と言っていたことがその全てを語っていると思う
そんな彼の名言の中には、

勝った時は友達イッパイできるから、
ワタシいなくてもいいの
誰が負けたボクサー励ますの?
ワタシ負けたボクサーの味方ネ


というのがある
事実、勝った後の祝賀会には一切参加しないで、負けた時にはずっとついて励ましていたようだ

ボクシングに限った話じゃないけど、プロスポーツのシビアなところって、こういうとこにもあると思う
好成績を残している内は誰もが関心を寄せるのに、成績がふるわなくなるとサーッと人が引いていくみたいな…

ようは、勇気づけってのは、関係を持つ人との絆を深めて、“関わり”から“繋がり”へ、そして、“結びつき”に発展していくためのツナギのようなものだってこと

だから、僕は「叱られる内が華」なんてのは、励ましの言葉だとは思えなくて、むしろ、相手を縛り、コントロールするためにあるような言葉だと思っている

褒めるよりも、共感したり
叱るよりも、適切な注意をしたり
そして、最後はどちらの場合にも「勇気づけて応援する」

こういう事のほうがよっぽど「生き甲斐」を感じるのだと思うんだよね

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posted by コウちゃん at 13:45| 福岡 ☀| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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