2017年05月24日

ヤバい環境

僕も含めて、多くの人は

不完全な生き物

だと思っている
つまり、完全な人はいないってこと

んなこたぁ、分かっとるわい

って人のほうが多いだろうね

だけど、それにもかかわらず、

他者に完全を求める

ってことも少なからずあるわけで、だから人は悩むし、時に関係がギクシャクする事もある

ただ、この“不完全”というのは“悪”ではない
むしろ、不完全だからこそ、その分“伸びしろ”があるってことで、

楽しみがあるってことでもあり、

不完全サイコー!イェ〜イ!

ってことでもある(笑)
実は最近「さわぐちけいすけ」って人のマンガに出逢い、ちょっとツボにはまったからオマージュしてみた(笑)(実際の作品とは少し内容が違うけど、気になる人は下記リンクを自由にどうぞ)
https://twitter.com/tricolorebicol1

ただ、

無知は罪なり、知は空虚なり、英知もつもの英雄なり

って言葉があるように、

“無知であるがゆえに犯す罪”はそこかしこにあって、
知(情報)そのものには意味も無くて(=空虚)、
行動したり、体を成していなければ何もないのと同じ

だということで、これは僕も含めて誰にでもあり得る事だと思う

だからこそ、

答え無きものを解く力(=英知)

が必要になるわけで、それは考え生み出すこと(=創造する)でしか手に入らない

だから、考え続けて、不完全ゆえの“伸びしろ”を埋めていくのだと思うし、生きるって事が面白くなる

で、僕がヤバいと思うのは、「知」に依存して、知を持つ人を「完全なるモノ」のように勘違いし、自分で考えないで、「知を持つ人からガメツク得ようとする人」で、何か不都合が起こればその人を叩きに行く環境

ようは、自分で考え、行動し、答えを探さない人とその環境ってことで、僕はこういう人と環境を

クレクレ星のクレクレ星人

と呼んでいる

答えなきモノを解こうとする人は、知を「体得」しようと必死に努力し、時間を使い、お金を使う

それでも埋まらない「答えなきモノ」と日々葛藤しながら、それでも答えを導こうと必死に“答えらしきもの”を見つけていくんだよね

で、ヤバい人、ヤバい環境ってのは、

無知が罪であることを認めず、
知(情報)そのものに意味があると勘違いをし、
知を持つ人から答えだけを得ようとする
その結果に対する責任は背負わない

こういう人と環境はマジでヤバい

でもって、そういう人や環境ってのは、たいていの場合ヤバいことに気づいていないか、指摘されたときに逆ギレし、責任の押し付け合いになることが多い

その理由は簡単で、

知を得る事=考える事

と思いこんでいる所にあると思う
大事なのは、知(情報)を得ることではなくて、

そこから何を生み出すか(=創造する)

ってことなわけで、行動しないうちは、知を得たとは言えない
少なくとも、生み出そうともがいている過程が表に出なければそれは相手には伝わらない

ようは、どんな形でアウトプットするかってことで、それが創造するってことになる

人は不完全だから、何かを補い、補うものを創造して生きている
創造できる人が、人に与えることができるのであって、人からもらうばかりじゃ何も生まれないんだよね

どんどん、創造していこう
完全なモノなんて無いのが当たり前なのだから
posted by コウちゃん at 14:09| 福岡 ☔| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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