2017年07月15日

今、アラフォーがアツい!?“気づけば”遅咲き美人で溢れている!

僕は、テレビに出ている芸能人に“好きな芸能人”というのはいるけど、どこか“信用”はできない部分がある

というのも、よく言われることじゃあるけど、

番組によって作られたキャラ

であるように思えるから

だから、実際に出逢ったり、コンタクトを取った事がある芸能人しか信じない

にしても、最近のテレビはアラフォー世代がアツいように感じる

一昔前までなら、20代30代がテレビでひしめき合っていたものだけど、

今は世代の壁を超えてきた

ように思える

夏ドラマで始まった

セシルのもくろみ

に至っては、もはやアラフォーしか出てこない

吉瀬美智子や、板谷由夏、長谷川京子に、真木よう子

このドラマには出てこないけれども、吉田羊や、シェリル・クロウ、
アラフォーどころの年齢じゃないけれど、シンディローパーなんかは未だにツアーをしているけど、ブレイクしたのは30代だ

こういうのを

遅咲き

と言ったりするのだろうけど、僕は決して“遅咲き”とは思えない

というよりも、

五十、六十花ならツボミ

なのだ

アラフォーセレブがアツいといっても、

ツボミどころか、

新芽

なのだから、むしろこれまでフォーカスされてこなかったこと自体おかしな話なのだ

だから、どうしても“遅咲き”とは思えないわけ

よく、

見た目より中身

みたいな事が言われるけれど、これを言い換えるなら、

“若さだけ”よりも、“中身”

ってことで、

アラフォーからは否が応でも

中身が見た目に現れる世代

だと思う

いろんな苦労や、経験を積んで、人間的にも磨きをかけてきたかどうかが現れ始めるのが

アラフォーからの世代

なんじゃないかな

僕は美容師になってから20年近く、

40代以上の世代の女性

を担当することが多かった

…というよりも、その世代以上の方しかしていないと言ってもおかしくない

多分、美容師としてはもの凄く偏った経験だろうと思う

だけど、そうした“偏った経験”は、僕にあることを教えてくれた

それは、

“スタイルを創る”のではなくて、“人を磨く”

ということ

若さだけでどうにかなる20代というのは、“スタイルを創る”だけでどうにかイケる

だけど、40代からはそうはいかない

というよりも、そうさせてもらえないといった方が正しいかもしれない

いろんな経験や、日常の中で40代以上の人ともなると、“スタイルを創る”間は

イイのは“創られた日だけ”

ということをよく理解しているからだ

それよりも、

自分の日常の手入れに合っているとか
“これまで通り”のお手入れなのだけど、人から褒められたとか

そういうことの方が大事なわけで、

自分を“楽に”磨けるスタイル

という点で“信用”を築いてきたように思う

つまり、

みんなと同じ

っていう半ば強迫観念のように育って大人になった20代から、

本当の意味で自立した個性

が大事だということ

みんなと違う

ってのは、20代くらいまでは怖いものだけど、アラフォーからはそうしたことから決別していかないと

自分の人生は歩めない

っていう葛藤のようなものが芽生えると思う

芽生え

だから、そうした葛藤を乗り越えた人が

新芽

として芽吹き、

五十、六十花ならツボミ

ってなるものだと思う

僕はそうした“芽生え”に気づいてもがき、葛藤している人を応援したいから美容師として40代以上の人達をキレイにしてこれたのだと思うんだよね

じゃ、一体何が足りないかとか、何をどうすればいいかってことは毎度のことながら、フェイスブックに書いているので、気になる人はこちらをどうぞ

意外と気づかない”夏老けインナードライ”
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/728036727398190/?type=3&theater

本当にコスパがいいヘアカラーはどっち?
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/728036727398190/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 12:25| 福岡 ☁| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月08日

[ 「大人のおしゃれ」と「若者のオシャレ」

結局のところ、「おしゃれな大人」って

魅力がにじみ出る大人

という事だろう

例え、スウェットを着ていようと、ジャージだろうと、おしゃれな人はおしゃれなのだ

そう感じる人と、そうでない人の差って何かというと

・誰かを想う心を「見える化」していて
・自分を大事にする姿も「見える化」している


っていう2つのバランスが取れていることが大事なのだと思う

誰かを想う心が強すぎると、時に、何かをガマンして、一生懸命自分を押し殺してしまうことがある

それが何かのきっかけで爆発しちゃうと、ストレスで悩んでしまったり、体を壊したり、人との関係性でトラブルが起こってしまったりすることに繋がる

誰かを強く想う心自体はステキなことだと思うし、もの凄く大事だ

だけど、そのために、自分を必死に抑えて…

というか、過剰に抑えすぎて、過剰な我慢をして、

自分で自分を縛りつける

というのは少し方向性がズレているような気がする

利他主義

多くの人が、こうしたことを子供の頃から教えられてきたから、私利私欲のために生きるのではなく、他利他欲のために生きることは当然のように価値観として備わっているはずだ

その反面、

そうしたことは「キレイゴト」だよ

という人がいることも事実だ

だけど、僕はキレイゴトなんかじゃないと思っている

自分を大事にできない人間が、人を大事にすることができるのか

と思うからだ

人の事を想い、共に悦び、共に悲しむことができる人というのは、

人の悦びや、人の成功が、そのまま自分の悦びや、成功となっている

ということで、それは、

自分の悦びや、成功のために生きている

ということになる

だから、利他の精神ってのは、裏を返せば究極の利己でもあるわけで、どちらを表に出すかで変わってくるというだけの話なのだ

若者のおしゃれを批判するわけじゃないけど、シャネルの言葉を借りれば、20代の顔は自然からの授かり物なのだ

だから、人からどう見られたいとか、自分が好きか嫌いかとか、どんな判断基準でおしゃれをしてもそれなりに楽しめると思うし、それなりの結果が出るだろうと思う

そういう経験を繰り返して、自分なりに取捨選択ができるようになると、「生き様」となるわけで、それが30代くらいなのだ

だけど、僕はまだ50代じゃないから偉そうなことは言えないし、
僕が50歳になる頃には言う事が変わっているかもしれないけど、

シャネルが言う

価値がにじみ出る顔

になるには、

まずは、自分が悦び、何かしらの嬉しいを体験している

そして、人の悦びや、成功を自分の事のように感じられる体験もしている

という2つの体験を別々にしていることが必要なのだ

「見た目“だけ”は良く見えるのに…」

という人は、その人自身が悪いとかいう問題じゃない

きっとまだ人の悦びや、成功を自分の事のように感じる体験が少ないだけ

ということなのだと思う

だけど、そういうことって、押しつけになったら、ただのお節介でしかないだろうと尻込みして動けない人もいるものだ

そういう人は、「お節介」と感じたり、感じさせるうちは、まだ人の悦びや成功を自分の事のように感じる体験の“過程”なのだと思えばいい(僕なんて、お節介しかできていない(笑)

だから、50歳という年齢に

価値がにじみ出る

のだと思うし、それが

粋な大人

というやつなのだと思う

だから僕は、「お節介な大人」としてじゃなく、「粋でおしゃれな大人」としての魅力を

誰もが“自然に”体験できる場所づくり

ということを「感じる側の視点」で、それらしい場所を作っている最中だ

それが、

ヘアドネーションだったり、
オーガニックだったり、
ロハスだったり

そういうことだったりするわけで、結果的に

・自分が悦び楽しみ、自分を大事にしながら、(利己)
・他者を大事にし、他者の悦び楽しみを分かち合う(利他)


ということになる

ヘアドネーションは髪を切る人がオシャレを愉しみ、髪をもらう子供たちも愉しめることだし、オーガニックとかロハスでのキレイは、キレイになる人がキレイを愉しみながら、身の回りの人達にとって、キレイな環境を維持していくことにも繋がるのだから

そういうもので手にする「おしゃれと暮らし」が広がれば、世の中面白くなるよね♪

それを体験してみたいという人には、「ロハスハーブミントプラス」は最初の一歩としては入りやすいだろうと思うから、気になる人は、下記リンクを是非見てほしい

「40代の夏美容は“かしこく、爽快に”夏の保湿どこまでサッパリできますか?」
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/724168591118337/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 13:16| 福岡 ☔| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月06日

ゆるっとキレイに、頑張らないくらいがちょうどいい

こないだの萬斎さんの言葉に似たようなことって結構あるよね

20歳の顔は自然からの授かり物
30歳の顔は自分の生き様
だけど、50歳の顔にはあなたの価値がにじみ出る
〜ココ・シャネル〜

何せ、“四十、五十ではなたれ小僧”な凡人の僕としては、彼女たちのような名言を残せるほどに人間ができあがっていない(笑)

だから、日々自分をアップデートしていくことでしか今の僕は自由でいられないと思う

そうした中で、彼女の名言というのに出逢ったのだけど、20年近く美容師をしてきた中で、

40代以上の大人の女性

を担当する機会が異常に多かった

その経験の中でシャネルの言葉の通りだなと思うことがある

40代以上の大人の女性って、本人たちは気づいていないことが多いのだけど、

・年齢を超越した魅力がある人と、
・もっと魅力が引き出せるのになって人と、
・ちょっと残念な人

がはっきり分かれるんだよね

接客業をしていて、ちょっと残念だなと思う人をぶっちゃけると批判をかうかもしれないけど、これは、

・いかにも「私、頑張っています」アピールを“異常に”してくる人
・他者への悪口、陰口を平然とし、それを無意識で行っている人
・自分に自信があることを“過剰に”アピールする人

のことで、いくら「見た目がキレイ」でも、「魅力を感じない」のだよね…
僕自身がそう感じるから、そうした人は自然と離れていくのだけど、多分こうした人はそういう人達でコミュニティを築いているから、自覚も無いと思う
多分あなたの周りでも1人か2人いるかいないかってくらい少ないとは思うけどね

次に、もっと魅力が引き出せるのになって思う人ってのは、

・明るくて、笑顔もステキなのに、自分に自信がちょっとだけ持てないでいる人
・自分に自信を持っているのだけど、魅力の引き出し方を知らない人

こうした人はキャラが出来上がっているから、ほんのちょっとしたことで、すぐに「見た目」にもそれが表れるようになるし、こうした人が世間的には多くを占めているような気がする

で、こういう人がどんどん変身していくのを見ていると、こっちまで楽しくなってくる

最後に、年齢を超越した魅力を感じる人ってのは、

・明るくて、笑顔がステキで、自分にも“適度な”自信がある人
・それを自覚するでもなく、卑下するでもなくありのままでいられる人
・アピールがさりげなくて、その時々で臨機応変に相手を気遣ったアピールができる人

実は、こうした人もかなり多い!

自分に魅力があることを自覚していないことも多いけど、かといって、卑下するわけでもないし、ほんとに誰に対しても「ありのまま」だから、いろんなコミュニティを持っているんだよね

ご近所付き合いのコミュニティから、ママ友コミュニティ、古くからの友人や、趣味のコミュニティ本当に驚くくらいたくさんのコミュニティを持っていることが多い

それこそが、魅力を証明していることなのだと思うけど、これは20代30代じゃ築けないものだと思う

ほど良く力が抜けていて、必要なことはきちんとできる

こういう力を持つようになるまでには、やっぱり時間も必要だと思うんだよね

ゆるっとキレイに、頑張らない

こうしたことって、よく言われがちなことだけど、ホントにその通りだと思う

必要なことはきちんとする

っていうのと、

頑張ってやっている

ってのとでは表に出てくるニュアンスみたいなものが違うと思うからね

だから、シャネルも

50歳の顔にはあなたの価値が「にじみ」出る

って言ったんだと思うんだよね

ゆるっとキレイに、頑張らない

こういう人は、自分の体の声に素直に動ける

だけど、その「動き方」で悩んで、よく分からないという人は、まずは首を整えることから始めてみて

少しでもその体験

をしてみることをおススメしています

知りたい方は下記リンクをどうぞ

ヘッドスパが自律神経を整える理由
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/722541997947663/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 12:11| 福岡 ☔| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月04日

四十五十は“はなたれ小僧”

狂言の世界には、萬斎さんいわく、

四十五十は“はなたれ小僧”

という言葉があるらしい

で、これを聞いた時、

五十、六十花ならつぼみ
七十、八十で花ざかり
九十になって迎えが来ても
百まで待てと追い返せ

って言葉を思い出したんだよね
誰が言ったかわからないけど、昔久留米の小料理屋にかかってた暖簾に書いてあったのを今でも覚えていて、好きな言葉の1つでもある

1年に3回新年を迎える

って書いたわけだけど、それはこの言葉がいつもどこかにあるからで、

つぼみをつけ、花を開かせるために今何をするか

ってことを6月にはただひたすら考える
言ってみれば、自分自身のアップデートみたいなもの

この1年僕がしてきたことで大きな波紋をよんだことは間違いないし、言ってみれば“炎上”もんだという自覚も当然あるし、それを人からも聞くこともあった

だけど、この1年を通して僕がしたかったことは、単に「正しいあり方に」ってことじゃない

五十、六十花ならつぼみ
七十、八十で花ざかり

なのだから、80になった時、

堂々と胸を張って
お天道様の下で華を開かせる

そういう人間でありたいし、そういう環境であってほしいと願うからなわけ

願うだけで叶うようなら、誰もが気楽な人生を送れるだろう
だけど、現実はそうじゃない

インチキスピリチュアルとか、インチキ宗教とかそういう連中だったら、そんな事を平然と言うだろうけど、そんなんで手に入るもんなら、この世の辞書から“悩み”という単語は消え失せることになる

今は…というか、これからしばらくは情報化とか、多様化とか間違いなくどんどん加速化していくし、事実もの凄い速さで“時代”が変わっている

だから、自分が置かれた環境をどれだけ知って、どれだけ考えて、どれだけ行動していくかってことが生きていく上で欠かせなくなるし、どれが欠けても上手くいかなくなる

だけど、今を生きる僕たち世代はそういう生き方を教わってこなかった
というか、そういう時代じゃなかったから必要がなかったと言った方がいいかもしれない

そういう僕たち世代が“子供を育てる”のだから、“これまで通りのやり方”だったら、間違いなく子供たちが大人になった時に路頭に迷わせることになるし僕たち自身も行き詰る

明るい地域社会にとか
子供たちのためにとか

そういうことはもちろん大事で、“あり方”としてはそうあるほうがいい
だけど、その根っことか、環境とかそういうモノを考えて行動する「クセ」を僕たちが死ぬまで続けて、常に自分自身を「アップデート」し続けていかないと

七十、八十で花ざかり

とはならないような気がするんだよね

ってことは、

四十、五十は“はなたれ小僧”

なわけで、まだまだ伸びしろがあるということだ

それは、精神的なモノであろうと、肉体的なモノであろうと同じだと思う

四十、五十といったら、いろいろな体の変化に気づきやすい年齢だ

だから、僕は僕だけが八十で花盛りを迎えるのではなくて、そうした変化に戸惑う人と共に寄り添いながら、共に花盛りを迎え、満開の花畑にしたいと思うからこの仕事をしている

1輪挿しの花もキレイだけど、どこか寂し気なところもあるしね

それよりも、たくさん花が咲いているお花畑のほうがたくさんの人が集まるし、それを見にくる人もたくさん集まると思う

そうした体と心の変化はどこからやってくるのかってことは下記リンクにまとめたので、今体の変化に気づき始めている人は自由にどうぞ

↓「大人の女性のイライラ・モヤモヤはヘッドスパでスッキリ改善」
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/721479334720596/?type=3&theater

きっとあなたのイライラも、続く不調も楽になるはずです
posted by コウちゃん at 12:27| 福岡 ☁| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

1年に3回「新年」を迎える男

ども、お久しぶりです(笑)

おい!元気しと〜ね!

なんて言って、わざわざ会いに来てくれた人が思いのほか沢山いたけど、すこぶる元気です(笑)
更新していない間、気にかけて初めて会いに来てくれた人、初めてでなくても、気にかけて会いに来てくれた人本当にありがとう!

まぁ、特別忙しかったわけでもないのだけど、タイトルにあるように

1年に3回「新年」を迎える男

としては、6月というのは、

1年で2回目の新年

だったわけ(笑)
なんじゃそらと思うかもしれないので、どうでもいいことじゃあるけど、一応3回の内訳を説明しておくと…

1回目はカレンダー上の新年
2回目は誕生日
3回目は独立記念日

というわけ
そのなかでも、2回目は僕の中では特別な「新年の始まり」なわけです

毎年誕生日の前後は、自分にとっての新しい1年をどうしていくかということを考えるのだけど、今年は特別その時間がかかってしまった…(笑)

去年は、PTAが強制(自動)加入な状態だったから、これを任意にするということを目標に動いてきたのだけど、ホント偶然にも、ちょうど誕生日あたりに任意加入の同意書が配られることでそれも達成することができたんだよね

このことは、間違いなく賛否両論あるだろうし、このことが元で、何やら陰で炎上騒ぎになっていたことは、人から聞いたからそういうことなのだろうと思う

だけど、僕はそれでいいと思っている

商売人が「陰で炎上騒ぎ」なんていけないだろという人もいるだろうけど、これは商売以前の話で…というか、僕のブランドコンセプトにも反することだからしただけの話なわけで、その辺の細かいところはおいおいまた書いていくつもり

まぁ、「陰で起こっていたとされる話」だから、僕にとってはどうでもいいし、僕はその人たちのことなど1ミリも考えていないし、そんな人たちからの好感度をあげることなんかよりも僕にはやることが多いわけで、ホントどうでもいい

それに、結果を残したわけだから、それが全てを語っている

これも、市の教育長さんが動いてくれたおかげだと思うのでホントに感謝しております

じゃ、今年2度目の新年をどうしていくことにしたかというと…

大人の女性を、もっとステキに、もっと自由に、
40代以上の“おしゃれと暮らし”を応援していく

ってこと
ようは、本業にどっぷり浸かりますということ

もともと、ガッツリやりこむ性分だけど、これまで以上にさらに磨きをね(笑)

というのも、「3回目の新年=8月」をもって、ようやくまる3年、4年目に突入するから
3年っていえば、節目としていろいろな言葉もあるくらいだからね

その中身については、後日また書いていくとするけど、しばらくブログ放置してる間に、お店じゃ、ある商品がとんでもないことになって驚いた(笑)

実は2週間前に入荷したばかりの商品なのだけど、この2週間で3〜4回入荷しては即完売なんてこの3年で初めての経験!

気になる人は、下記リンクをご自由にどうぞ
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/720304708171392/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 09:55| 福岡 ☁| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする