2017年05月26日

格差を埋めるモノを“常に”考え続けていくだけ

クレクレ星人を変える事はデキないけれど気づかせ、勇気づけることはできる

その後どうなるかは、その人やその環境次第で、僕たちができる事というのはホントに些細なことしかない

気づかせ、勇気づける

ホントにこれだけの事しかできないわけで、

大事なのは、どうありたいか、何を生み出したいかってことを“常に”考え続ける事

で、クレクレ星人が気づき、勇気を持って“進化”したら、僕は

ギブギブ星人

になると思う(笑)

ギブ=与える

ということだから、こうなればホントにいろんな人が楽になるし、そうありたいと僕は思うんだよね

だから、クレクレ星人とギブギブ星人は紙一重なのだ

クレクレとなっている時は、その人なりに何かしらの縛りから解放されたくてもがいている時なのだから

ただ、その方向性が“やり方”に偏ってしまっているだけの話で、やり方よりも大事な

あり方

にフォーカスできるように、勇気づけて共に歩む人が必要になる
そうした人に出逢えるのは幸せなことだし、何より、自分がクレクレ星人にならなくても済む
僕は幸運なことに、たまたまそういう人に出逢う事ができた

だから、僕は環境を変えるということは決して悪いことじゃないと思うんだよね

で、このクレクレ星人と、ギブギブ星人の違いがいわゆる“格差”というモノを生み出しているのじゃないかとも思う

というか、すでにこうした事は、あの諭吉さんが言っていたわけで、ホントにその通りだ

天は人の上に人を作らず、
人の下に人を作らず“といへり”


実は、僕自身もクレクレ星人だった時があるし、今でもそれは残っていると感じる時がある

で、この諭吉さんのセリフを、“平等”を説くものだと“勘違い”していたんだよね

だけど、実際はそうではなくて、“人の生き方に違いが生まれるモノは何ぞや”という事を説いたセリフの“たった一部分”だったというわけ

その為には、何かを学び、考え、動いたかどうかによって

“違い(格差)”が生まれる

ってことだったんだよね

だから、

不完全サイコー!不完全イェ〜イ!

となる(笑)

不完全ゆえに僕らはいろんなことにつまずき、悩み、その不完全さを埋めるために必死になるのだけど、

ようは、違い(格差)を埋めるためには

どれだけ学び、
どれだけ考え、
どれだけ創造していくか


ってことを“常に(=24時間)”続けていくことでしか埋められないってこと

仮に“失敗”と感じる結果になったとしても、格差を埋めるまでに至らなかったとしても、何も気にすることはない

だって、命までとられることはないのだから、いくらでも修正することはできるわけだしね

世の中の成功者たちにしても、ホントに順風満帆で成功した人なんていないのだから、自分のペースで自分にできることを地道にコツコツやっていけばいいのだ
posted by コウちゃん at 15:31| 福岡 ☀| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

ヤバい環境

僕も含めて、多くの人は

不完全な生き物

だと思っている
つまり、完全な人はいないってこと

んなこたぁ、分かっとるわい

って人のほうが多いだろうね

だけど、それにもかかわらず、

他者に完全を求める

ってことも少なからずあるわけで、だから人は悩むし、時に関係がギクシャクする事もある

ただ、この“不完全”というのは“悪”ではない
むしろ、不完全だからこそ、その分“伸びしろ”があるってことで、

楽しみがあるってことでもあり、

不完全サイコー!イェ〜イ!

ってことでもある(笑)
実は最近「さわぐちけいすけ」って人のマンガに出逢い、ちょっとツボにはまったからオマージュしてみた(笑)(実際の作品とは少し内容が違うけど、気になる人は下記リンクを自由にどうぞ)
https://twitter.com/tricolorebicol1

ただ、

無知は罪なり、知は空虚なり、英知もつもの英雄なり

って言葉があるように、

“無知であるがゆえに犯す罪”はそこかしこにあって、
知(情報)そのものには意味も無くて(=空虚)、
行動したり、体を成していなければ何もないのと同じ

だということで、これは僕も含めて誰にでもあり得る事だと思う

だからこそ、

答え無きものを解く力(=英知)

が必要になるわけで、それは考え生み出すこと(=創造する)でしか手に入らない

だから、考え続けて、不完全ゆえの“伸びしろ”を埋めていくのだと思うし、生きるって事が面白くなる

で、僕がヤバいと思うのは、「知」に依存して、知を持つ人を「完全なるモノ」のように勘違いし、自分で考えないで、「知を持つ人からガメツク得ようとする人」で、何か不都合が起こればその人を叩きに行く環境

ようは、自分で考え、行動し、答えを探さない人とその環境ってことで、僕はこういう人と環境を

クレクレ星のクレクレ星人

と呼んでいる

答えなきモノを解こうとする人は、知を「体得」しようと必死に努力し、時間を使い、お金を使う

それでも埋まらない「答えなきモノ」と日々葛藤しながら、それでも答えを導こうと必死に“答えらしきもの”を見つけていくんだよね

で、ヤバい人、ヤバい環境ってのは、

無知が罪であることを認めず、
知(情報)そのものに意味があると勘違いをし、
知を持つ人から答えだけを得ようとする
その結果に対する責任は背負わない

こういう人と環境はマジでヤバい

でもって、そういう人や環境ってのは、たいていの場合ヤバいことに気づいていないか、指摘されたときに逆ギレし、責任の押し付け合いになることが多い

その理由は簡単で、

知を得る事=考える事

と思いこんでいる所にあると思う
大事なのは、知(情報)を得ることではなくて、

そこから何を生み出すか(=創造する)

ってことなわけで、行動しないうちは、知を得たとは言えない
少なくとも、生み出そうともがいている過程が表に出なければそれは相手には伝わらない

ようは、どんな形でアウトプットするかってことで、それが創造するってことになる

人は不完全だから、何かを補い、補うものを創造して生きている
創造できる人が、人に与えることができるのであって、人からもらうばかりじゃ何も生まれないんだよね

どんどん、創造していこう
完全なモノなんて無いのが当たり前なのだから
posted by コウちゃん at 14:09| 福岡 ☔| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

村田諒太にエディタウンゼントが就いていたら?

結局のところ、人との関係が強くなるには、

応援する(勇気づける)

ってことが欠かせないと思うし
それが、

コミュニティの強さ

にもなってくると思う

と言っても、それは数によるものではなくて、いわゆる

絆の深さ

によるもので、これは、勇気づけの関係からしか生まれない

褒めるにしても、
叱るにしても、

与える人の満足(興味関心)でしかないわけで、もの凄く暴力的に言ってしまえば

相手の事などどうでもいい

ということになる(もちろんそこに悪気はないのだろうけどね)
だから保身なんてものにすがるようにもなるのだろうけどね

だけど、勇気づけ(応援)ってのは、基本的には

共感とか
尊敬とか
信頼とか


そいういうものがベースになってくるから

上下とか
損得とか

そういう二者択一的思考もどうでもよくなる関係になってくる

よく、「叱られる内が華」と言われることがあるけど、言い換えるならこれは

関心を持たれている内が華

ってことでもある

そうなると、人は関心を得ようと、褒められることをし、叱られることはしないといったような行動をするようになり、結果、縛られた生き方しかできなくなってしまうし、自滅してしまうようにもなる

こないだ、村田諒太のボクシングの世界戦があって、いろいろ物議をかもしているけど、ボクシングには、選手以外にも注目すべき素晴らしい人達がいる

トレーナー

と呼ばれる存在って、選手にとっては、共に戦うパートナーのような人でもある

日本人の世界チャンピオンを6人育て、あのガッツ石松や、井岡一翔の叔父である弘樹を育てたことで知られる名トレーナーに

エディ・タウンゼント

エディ.jpeg
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%88

という人がいた
井岡弘樹の現役中に亡くなったのだけど、彼は自分が育てた選手に無関心になることは無かったという

というのも、

誰が彼に一番愛されたボクサーだったのか

という問いに、彼にお世話になった選手全員が口をそろえて

自分だ

と言っていたことがその全てを語っていると思う
そんな彼の名言の中には、

勝った時は友達イッパイできるから、
ワタシいなくてもいいの
誰が負けたボクサー励ますの?
ワタシ負けたボクサーの味方ネ


というのがある
事実、勝った後の祝賀会には一切参加しないで、負けた時にはずっとついて励ましていたようだ

ボクシングに限った話じゃないけど、プロスポーツのシビアなところって、こういうとこにもあると思う
好成績を残している内は誰もが関心を寄せるのに、成績がふるわなくなるとサーッと人が引いていくみたいな…

ようは、勇気づけってのは、関係を持つ人との絆を深めて、“関わり”から“繋がり”へ、そして、“結びつき”に発展していくためのツナギのようなものだってこと

だから、僕は「叱られる内が華」なんてのは、励ましの言葉だとは思えなくて、むしろ、相手を縛り、コントロールするためにあるような言葉だと思っている

褒めるよりも、共感したり
叱るよりも、適切な注意をしたり
そして、最後はどちらの場合にも「勇気づけて応援する」

こういう事のほうがよっぽど「生き甲斐」を感じるのだと思うんだよね

最後に告知…
髪のツヤってのは、基本的には表面がキレイになめらかになっていれば出るモノだけど、年齢を重ねるにつれて、キレイななめらかさを出すのは手間がかかるようになるものでもあります

髪をキレイでなめらかな表面にするエイジングケアには美革ストレートがおススメだから、気になる人は下記リンクをご自由にどうぞ
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/699958890205974/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 13:45| 福岡 ☀| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

「勇気づけ」ればたいていの事は上手くいく

モティベーションが上がったり下がったりするのは環境によるもので、それはどうしようもない事だって書いたわけだけど、

関心を示されているか、そうでないか

ってことだから、結局のところ、

あなたの周りの環境次第ってことなわけで、
それはコミュニティ次第ってこと

だから、自分のモティベーションを上げたければ、自分の環境をどんどん変えていけばいい

だけど、モティベーションが上がらないと“相談を受ける時”というのもあると思う
そうした時におススメなのは

勇気づけ(応援)

ができると、いいかもしれない

エリ・ヴィーゼルの有名な言葉に、

愛の反対は無関心だ
美の反対は醜さではなく、無関心だ
信仰の反対は異端ではなく、無関心だ
そして、生の反対は死ではなく、
生と死に対する無関心だ


というのがあるけど、ようは、世の中のいわゆる“不幸”と呼ばれることや“課題”の根源は全て無関心だということをエリは伝えているというわけ

他者が「無関心だと“自分が”感じる」から、モティベーションが上がらない

だから、関係を持つ人のモティベーションが下がっていると感じた時は、要注意だってこと

それは、“誰からも”関心されていないと相手が感じているからということ

“誰からも”だから、“あなたからの関心”も相手は感じていないということになる

関心

だから、良くも悪くも「関心」なわけ

子供のイタズラをやめさせたくて、「怒る」とか、「叱る」も関心
部下の努力が実って、共に喜ぶのも関心

だけど、関わる人のモティベーションが下がっているということは…

関心が持たれていないと“感じている”サイン

ということなわけ

実はこの「関心」ってのが大事
もの凄く大事

というのも、人は「良くも悪く」も…

注目されたところが伸びていく生き物

なわけで、不適切な行動に注目(注意・指摘)すれば、不適切な行動が増え、適切な行動に注目すれば、適切な行動が増えるものだからね

じゃ、どうしたらいいかとなるのだけど、それには、

不適切な行動には、“適切な注意”で「勇気づけ」
適切な行動には、“共感して”「勇気づける


ってことをしていけばいいということ

ようは、どっちにしても「勇気づけて、応援する」ってことが大事だってことで、
結果それが「関心を持たれてる」事に繋がって、
モティベーションが長続きするようになるというわけ

褒めたり叱ったりってのは、基本的には

与える側の満足

でしかないから、受ける側からしたら

賞罰みたいなモノになるから、
人の顔色を伺うようになってみたり、
その場しのぎの満足でしかない


結果、長続きしなくなる

ということになるわけ
でもって、これがドリームキラーにならなくて済む方法でもある

だから、自分のモティベーションが低いと感じたら、コミュニティ(環境)を変えて、自分が関係を持つ人のモティベーションが低いと感じたら、その人にもっと関心を持って応援してみよう

そしたら何かが生まれるはずだから

最後に告知
僕たち美容師の仕事ってのは、基本的にはあなたがキレイになるための「土台」を作る仕事だと思っています

美容室に行ったから、それで終わりってことは基本的にはなくて、その後のあなた自身に対する「あなたの関心」がキレイになるためには必要で、あなたが努力して、何かが変わることに対して常にアンテナをはって気づき応援するのが「接客」だと思っています

だから、ちょっとした変化にも気づく努力は惜しまないし、その為に必要なトリセツはご用意しているので、気になる人は下記リンクからご自由にどうぞ
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/698963833638813/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 15:04| 福岡 | Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

モティベーションなんて気にすることはない

モティベーションが続かないっていうことは、きっと誰もが体験したことがあると思う

ダイエットをやったけど、続かないとか、
仕事を頑張っているのに、ヤル気が続かないとかね…

で、こうした時、よくある“言い訳”は

キツイからとか
効果が出なかったからとか

そうした事を思った人って少なくないんじゃないかな?

でも、これはその人自身が“悪い”ってことでもなく、言い訳が決して悪いものということでもない

大事なのは、その“言い訳”の中に隠されていることなんだよね

例えば、いつまでもキレイで、その努力が続く人がいれば、年を重ねるごとに、何もしなくなる人もいる

この違いは何かってなったとき、一見すると、

自分の興味関心のため

ってことを思いがちになる
これは間違っていないし、確かにその通りだと思う

だけど、この差が生まれるもっと本質的な違いは何かってなると

努力に対して、反応してくれる人がいる環境

の違いなんだと思う

いつまでもキレイでその努力が長続きする人ってのは、その努力に反応してくれる人がいる環境にいるからで、

いつもダンナがキレイでいることに喜んでくれるとか
いつも友達からキレイと言ってもらえるとか

そういう環境にいるから続くのだけど、年を重ねるごとに何もしなくなる人ってのは、

ダンナが気づいてくれないとか
誰も気づいてくれないとか

そういう環境にいることが多い

何もしなくなる人だって、キレイでいることに興味がないわけじゃないんだよね
キレイでいたいんだよ本音は…

でも、それを共に感じてくれる環境にいないからやらなくなるというだけ
人って、そういうものじゃないかな?

どんなに必死に努力しても、「良い悪い」って何かしらの反応があれば努力に繋がるし、楽しくもなる
だけど「無反応(無関心)」だったら、努力のしようがないし。面白くもないわけだから

だから、環境は大事だし、環境を変えることはモティベーションが上がる事にもつながる
だけど、環境そのものは変える事ができないのだから、違う環境に移る“尻軽”さも必要だというわけ

そういう意味でも、人との関係を段階別に考えるというのは、大事なんだよね

・認知
・関わり
・繋がり
・結びつき

今は、どこの環境にでも行けるし、どこの環境を知ることもできる時代

あなたが望む環境を探して(認知)、
関わりが変われば、繋がりが変わる
繋がりが変われば、結びつきが変わる
結びつきが変われば、人生が変わる

というわけ
ようは、モティベーションってのは、環境に影響されるのであって、自分でコントロールできないものってことになる

だから、最初から気にしなくていいし、モティベーションを保ちたいようなこと(=好きな事)をしたいのなら、保てる環境に移ればいいというだけのことなんだよね

モティベーションが上がらないと悩んだ時は、一度、環境を見直してみよう
そこに何かヒントがあることだけは言えるから

最後に告知…ヘアスタイリングのモティベーションが上がらない人は、今激アツな「美革ストレート」はむっちゃおススメだから、下記リンクをご自由にどうぞ
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/698032720398591/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 15:17| 福岡 ☀| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする