2017年05月16日

“繋がり”は作るものじゃなくて、偶然“生まれる”

世も末だ…と批判するつもりは毛頭ないけど、テレビを見ていて驚いた…

リア充アピール代行サービス

今はこんな時代なんだね…

これを知った時は、随分前の話だけど、「世にも奇妙な物語」で、確かいしだ壱成が似たような話を演じていたのを思い出した

いしだ壱成が家族と思っていた家族が、実は赤ん坊の頃に実の家族に契約されていた「家族代行サービス」に派遣された人達で、実の家族はとうの昔に亡くなっていたという話で、ある程度育ったところ(支払われた金額の期間)で、いつの間にかフェードアウトして、「代行していた家族」はいなくなるという結末…

これも本質的にはその話と似ていると思ったんだよね…

で、あぁ、あの話がリアルになっちゃったわけね…と…

だけど、僕は繋がりは「作られるもの」じゃなくて

偶然生まれるモノ

だから、魅力があるのだと思うし、面白いのだと思う
このサービスを利用したモデルさんも言っていたけど、「作られた”繋がり”」ってのは、どこかで「現実に引き戻される瞬間」というのが必ずあるんだよね

その気持ちも分からなくもないけど、人との「“繋がり”の数」ではなく、「関係の密度」に目を向ければ、何も不安になることは無いと思うんだよね

というのも、人との「関係」には3段階あるってことを、アドラーのオッチャンが言ってたんだよね

細かい理屈を今回は割愛するけど、分かりやすく言えば、家族ができるまでの流れをイメージしてくれたらいいと思う

・知り合って(第1段階=関わり)
・本音や感情もぶつけ合えるくらいになって(第2段階=繋がり)
・紆余曲折を経て結婚して(第3段階=結びつき)
・その結果“産まれた子供”とは、最初から“運命共同体”みたいな感じ


ただ、これは、アドラーさんが解釈したことで、当時の時代を考えたら、確かにその通りだと思う

で、僕は、今の時代これに「0段階」というのが加えられると思っている

認知の段階=名前や、顔は知っているが、“リアルな関わり”はない

という事が加えられると思う
今の時代、ネットが普及して、誰でも情報を“発信”できるし、“受ける”こともできるし、文字コミュニケーションもできるようになった

で、この「認知の段階」があって、発展していく全ての行動が基本的には「確認」作業ということになる

例えば、あなたは何かしらの「きっかけ」があって、このブログを「知った」わけで、この時点では、僕とあなたとの間には何の「関わり」も無い

そこから、何かしらのアクション(“いいね”だったり、“コメント”だったり)でちょっとだけ「関わり」が発展することもあるけど、それも「ネット上の関わり」でこの時点ではまだ「0段階」

で、石田ってのはどんな奴なんだ、石田のお店ってホントにネットで知るような店なのかと思った人が実際にやってきてくれて初めて、「関わり」が生まれる(いや、ちょっと乱暴な書き方かもしれないけど、そこは信頼関係があると信じた上で敢えて…ね(笑)

これがようやく第1段階で、ここで終わる人がいれば、もう少し付き合いが発展して、本音とか感情を言い合ったり、飲みに行ったりするようになる人もいる

そういう人達の中には、まれに枠を越えた何かが“生まれる”ことがあるんだよね
それこそが第3段階の「結びつき」って段階なのだろうと思う

例えば、彼氏には見せられないとか言いながら、平気でスッピンで来たりする人もいる(いや、むしろスッピンしか見た事ねぇぞ…(笑)
時にはお互いの身の内話でお互いに涙ぐんでしまったりする人もいる

これは、具体的に何かをした(創りだした)から「結びついた」んじゃなくて、やっぱり付き合いの中で「偶然生まれた」関係だろうと思う

そう考えると、冒頭のサービスというのは、ある種の“薬”みたいなもので、人との“関わり”から、“繋がり”に発展したらどんな感じなのかという“疑似体験(確認)”としてはいいだろうけど、あくまでも“薬”だということを忘れないで、リアルな関係を発展させる勇気を持ってほしいと僕は願うし、それだけの力は持ってると思うんだよね

だから僕は、“環境を変えろ”とか、“尻軽になれ”とかそういう事を言ってるわけ
環境が変われば、“関わり”が変わるし、そこから新たな“繋がり”が生まれるし、“結びつく”ようになるかもしれないのだから

で、美容師ってのは人が“関わり”の段階でいい関係を築くための土台作りの仕事だと思っている
これからは、梅雨に入るから、髪のお手入れで悩んでいたりしたら、下記のリンクをご自由にどうぞ
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posted by コウちゃん at 10:56| 福岡 | Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

手ごたえアリ!?

こないだの親子会議はその後も継続中

先送り

という結論をだしたのだから、続くはずだよね(笑)
といっても、僕から持ちかけると言うよりも、彼の方からの“報告”のほうが多いのだけど…

というのも、我が家では、毎晩日課にしていることの1つに

イイコト・おもしろ報告

というのがある
これは、お互いに何かイイことがあったとか、面白いことがあったということを単に報告しあうというだけのもので、もう何年もしている

で、こないだの話から、長男は学校の勉強を全て大好きな家庭科と、バスケにつなげて考えてみるようにしてみたらしい

すると、何やら手ごたえがあったようで、何となく今まで苦手だった授業も繋げられたのが面白かったらしい

だから、次のテストが楽しみになったということなわけ(笑)

で、いつになったら、スマホが持てるかと聞いてきた
ハッキリ言って、

そんなの知るか!

である(笑)
彼の実力と、責任能力は、彼自身の課題で僕の課題じゃない
それに、仮に、僕がその2つの線引きをして、スマホを持たせたところで、トラブルになった時、きっと彼は、自分の責任ではなく、僕のせいにするだろう

だって、パパが認めたんじゃん
僕にはそれだけの実力があるって認めたわけじゃん

である
僕は、あくまでもそれは自分で決めることだと伝えた

僕は僕であって、彼じゃない
代金の立て替えはするけど、何かのトラブルになった時の責任は可能な限り彼自身で背負ってもらわないと、彼自身のためにもならない

だから、いつになるかというのは、彼が決めることであって、僕が決めることじゃない

だけど、苦手だったものが楽しくなってきたという手ごたえは確かにあるようだ

お互い口には出さないけど、ある程度の目安は夏休み前の通知表か、前期終了の10月頃かと思っている

で、この土日…(笑)
いつもは遊ぶことしかしない2日間だけど、自分から机に向かっている

さぁて、これが何日続くか見ものである(笑)

手ごたえと言えば、最近ダイエットネタの更新をしないのは、季節的に手ごたえを感じにくい季節だから

それについては、下記リンクに書いたので、ご自由にどうぞ
最終的にはヘッドスパの話だけど、ダイエットを真剣に考えている人にとっては、手ごたえを感じにくい季節だって理由はここに書いてます
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/696153770586486/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 13:40| 福岡 ☀| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月12日

先送り

イマドキの12歳ともなると、欲しいモノもイマドキになってくる

ここんとこ長男が、ちょいちょい「スマホ」が欲しいと催促してくるから、最初は中途半端にあしらっていた

時間が経てば諦めるだろう作戦だ(笑)

だけど、今回ばかりは少し違うようで、それも1か月ほど続いたから、久しぶりに夜の親子会議をした

結論から言えば、「先送り」ということになったのだけど、日本語というのはこういう時に便利だとつくづく思う(笑)

今は、子供にスマホや、携帯を持たせる家庭が増えてきて、その賛否は人それぞれだろうと思うし、自由にしたらいいと思う

ただ、どちらを選択するにしても、過程は大事だと思うんだよね

持たせないという結論も
持たせるという結論も

どちらも間違っていないし、どちらも簡単

それよりも、そこに辿り着く過程はもの凄く大事だと思うんだよね

持たせるか、持たせないかというのは、基本的には親の課題

なんだけど、

持つか、持たないかというのは、子供の課題

だから、単に持たせるか持たせないかで結論を出すというのは、親のエゴであり、押しつけで、ドリームキラーへの入口を開ける事と同じなんだよね

だったらどうするかとなるわけだけど、3つの事をお互いにはっきりさせれば結論はどうあれ、親子の関係がギクシャクすることは無い

3つの事というのは、

・目的
・今の実力
・責任を背負う力


この場合で言えば、

・目的=何のためにスマホを持つのか
・実力=「文字情報処理」の実力
・責任=トラブルとなったときに背負う責任能力


となるわけで、親として、共有し、口だしデキる部分というのは、「責任を背負う力」の部分になる

どんな目的で、実力があろうとなかろうと、そこは彼の課題であって、僕の課題じゃない

今の子供の世界のトラブルは、昔と違って、インターネットの世界で起こることが増えた
その時に、子供が自分の力で、自分のお小遣いの範疇で手にしてトラブルになったのならそれは子供自身の責任と言えるのだけど、現実的に考えてそれができる子供はほぼいないだろう

親が支払いを立て替える場合がほとんどだからだ

となると、当然持たせた側にも責任が出てくるわけで、この部分においては親の課題になる

その責任を取るか取らないかの話だから、その選択でいけば、僕は迷わず責任を取るほうを選ぶ

ただ、目的と実力だけは彼自身の課題だから、そこをハッキリさせておかないと、責任の取りようがないのも事実だ

で、この2つを感情抜きにして、冷静に客観的に彼自身に考えさせてみたところ、目的に対して、実力が伴っていないと彼自身が判断したというわけ

僕としては、これからの時代「情報処理能力」というのは生きていく上での基本スペックになるから、持たせたいと思うし、いろんなトラブルも経験させておきたいところだ

何よりも、スマホ代金の立て替えなんて、彼の仕事(家事)から考えれば、むしろ、上乗せして小遣いをやれるだけのことはしてくれている

仮に、何かトラブルにあったところで、その時の責任は僕が取ればいいだけの話だ

だから、僕からダメだと決めつけ、それを言う要素はほぼ無い…(笑)

だけど、彼はその実力が伴っていないと自分で判断したわけ

じゃ、どうしたらいい?

と聞くと、

実力をつける、とにかく早くつける!
その為に勉強をもっと頑張る!
あ…そしたら、もう少し先になる…
あ〜〜〜!でも、欲しい〜〜〜〜〜!!!


となったわけ(笑)
だから、僕は一言も良いとも、悪いとも言っていない

自分で決めたことだし、自分で宣言したのだから、自由にすればいいのだ(笑)
自分で言った責任は自分で取るということに、大人と子供の区別は無いのだから

だから、「先延ばし」というわけ(笑)

多分、モヤモヤしながら、当分は、何かにつけ必死にアピールしてくるだろうけど、そういうモヤモヤしている姿を見て楽しんでいるものすごく意地の悪い親父なのだ(笑)
そういう親父の下に生まれてきたのだから、仕方がない…受け入れてくれるほかない(笑)

シンプルに、同時進行で実力を身につけていくから、スマホ持たせてくださいと言えば持たせるのだけど、そこに気づくまでにどのくらいかかるか楽しみだ(笑)

…と、モヤモヤと言えば、季節柄5月病なんてものに不安を抱えている人もいるかもしれないけど、そうした人は下記リンクを自由にご覧ください(笑)
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/695193270682536/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 14:09| 福岡 ☁| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月10日

木を見て、世界を見ず

木を見て森を見ず

って言葉があるけど、何かしらの問題や、悩みにハマる時ってのは、たいていこの言葉が当てはまる

で、表面的に見えている問題をどうにかしようとするからますますドツボにハマって、負のスパイラル…

例えば、女性にとって「顔のたるみ」というのは、見なかったことにしたいことランキングの上位に入るだろう

そうした時、この木を見て森を見ない人が陥りやすいパターンというのは、一生懸命にフェイシャルマッサージをしたり、エステに通ってみたり、基礎化粧品を片っ端から探し求めてみたりすることが多い

で、思うような効果が得られないと、マッサージ法のせいにしてみたり、エステサロンのせいにしてみたり、化粧品メーカーのせいにしてみたりするようになる
あるいは、はなっから、それは仕方がないと全く何もしないというケースもあるかもしれない

だけど、森を見ることができる人というのは、そのアプローチの仕方がちょっと違う

食事を見直してみたり、運動不足に気づき生活習慣を変えてみたり、そもそもがたるみってのが、上から下に落ちるものなのだから、ヘッドスパをしてみたりと見えているところそのものではなくもっと違う本質的なところからアプローチをしている

ようは、「表面的な問題」としてとらえるんじゃんくて、「本質的な目的や目標」にフォーカスしているってわけ

で、不思議なことに、木を見て森を見ずタイプには、ドリームキラーが多く、森を見るタイプには、ドリームメイカーが多い

ようは、どれだけ視野を広く、どれだけの情報を得るかということの差なのだろうと思う

恐らく、昔は、木を見て森を見なくとも、基本的には社会そのものが閉ざされていた時代だから、それでも生きていけたと思う

だけど、今は、そもそもの社会が開かれたグローバルな時代だ
木だけを見ていても上手くはいかないし、今は森だけでも足りなくて、日本の裏側で起こった気候の変化や、隣の国の環境汚染から考えないといけないわけだ

そこまで広げて見て、ようやく何をしていくかというのが見えるんだよね

だから、違いに気づいて、繋げていくことはもの凄く楽に、楽しく生きていけるようになるというわけ

ちなみに、顔のたるみが気になったら、フェイシャルケアの一環に、ヘッドスパを取り入れることをおススメしています(笑)

こちらについては下記リンクを自由にどうぞ
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/a.281773302024537.1073741827.272942526240948/694319077436622/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 15:05| 福岡 ☁| Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

「区別」じゃなくて「違い」

基本的に僕たち今のオトナというのは、「区別」ありきで教育を受けてきた

男女の区別
年齢の区別
仕事の区別
学校の区別

数えたらキリがないけど、「区別」がない、デキないモノに関しては、抵抗感をもつように育てられてきたというわけ

それが、今じゃ70代80代の高齢者までもがスマホを持ち、デジタル文明に少なからず触れるような時代で、中にはものすごいスキルを身につけた婆ちゃんがいたりする

でもって、うんと若い「学生」が今は、このレベル
http://www.yukisako.xyz/

ハッキリ言って、僕たち30代〜60代が一番ついていけていないかもしれない(笑)
というか、そこにこそ、二極化というものの根源があるのだろうと思う

ということは、今の時代を楽しく生き抜くには、なんだかんだ言っても、この環境に適応していかにゃならんわけ

で、当然それができないと、子供もできないままで成長しちゃう
だって、デキない大人がデキる子供に導くなんてムリでしょ?

そういう意味でも、「違い」を感じて「繋げる」というのは大事になってくるし、導くってのも、「繋げる」ってことだから今の僕ら世代はホントに気づかないとヤバい…

ただ、僕は、「区別」と「違い」は意識的に使い分けるように心がけている

例えば、昔は仕事の上でも、生活の中においても「男女の区別」というのがあったけど、今はほぼない

あるのは、体の造りの「違い」とか、思考の「違い」とかものすごくシンプルに本質的な「違い」がただ「ある」というだけになってきた

子供と大人の区別

も今はかなりなくなってきていることに気づけないとホントにヤバイことになる
分からない人にはわからないだろうけど…

シンプルにスゲーヤツはスゲーし、そうでないヤツはそうでないって環境ができてきているわけ

我が家じゃ、11歳の長男が、65歳の主婦(婆ちゃん)と対等に家事の話をしている
僕も、オヤジも二人の会話についていけないのだ(笑)
この2人の間には、孫と祖母っていう区別がなければ、子供と老婆っていう区別もない
主婦としての経験の「違い」はあるけど、基本的には「対等」に語り合っている

こうした事はいたるところに現れてきている

この「区別」のないボーダーレスな環境ってのは、多くの人が「未知なる世界」だから、「不安や、恐怖」を抱えることになると思う

そうした時、ボーダーレスを楽しむコツとしては、

・ものすごくハードルが低いことからやってみる
・すでにその「未知なる世界」にいる人と繋がってみる


ということをおススメしている

で、こうしたことは、美容の世界でもようやく広がりだしたから、今は「オシャレ染・白髪染め」の区別をしないでヘアカラーが楽しめるようになっている

まずは、手軽に「違い」を体感してみよう

それを繰り返していけば、気づかないうちに「違い」を楽しむオトナになっているはず(笑)
https://www.facebook.com/272942526240948/photos/pcb.693365347531995/693365124198684/?type=3&theater
posted by コウちゃん at 12:24| 福岡 | Comment(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする